獅子文六『鉢盛料理』/『飲み・食い・書く』(角川文庫)所蔵
鉢盛料理は観るための料理なるかを疑わしめる。婚礼のせいもあるが、松や巌を配した台の上に大鯛が姿のままで跳躍の形を示し、その下に波浪重畳たるごとく鯛の刺身を並べてある。
刺身に醤油をブッかけるのは蛮習であろうと質問したが、これまた、先方に理があった。漁場に近き彼らは実に鮮魚の味をよく知っていた。例えば鯛にしても、釣ったもの、網のものの相違はもとより、活きた鯛よりも釣ったその場で頭部のある個所を刺して殺したものを、適当の時間後に食事する方が、遥かに味よきことなぞを述べた。また、わざと生簀に一週間も置いて、痩せさせた鯛の味なぞも賞賛した。そして、そういう微妙な鮮魚の味は、山葵や生姜を用いると、どこかへケシ飛んでしまうというのである。ブッかけは蛮習かも知れないが、醤油のみで食する方が真に鮮魚の味がわかるというのである。
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