「鯛めん」は、南予から松山にかけてみられる料理で、鯛一匹を丸ごとダシで煮立て、波形に置かれた素麺とともに大皿に盛りつけたものです。
 江戸時代の『鯛百珍』に「鯛めん」の作り方が記されています。鯛に酒を塗って焼き、色がつけばごま油を塗り、気をつけて焼く。鍋にだし醤油を入れて素麺を茹で、鯛に巻き付けて鍋で煮る。ミツバ、春菊、シイタケ、イリコをきって味付けしたものを鯛の腹に入れ、鍋から出す時に卵をかける」というのが、その調理法です。
 この料理は、瀬戸内海沿岸に多く見られます。淡路島や徳島県、岡山県、長崎県、広島県、高知県、大分県などに素麺(地域によってはうどん)と鯛を組みあわせた料理があります。素麺にはその土地の特産が使われることが多く、愛媛県でも松山地方では五色そうめんを用いることが多いようです。
 素麺は、縁起ものの食材でもありました。『延喜式』では、七夕の節句に「索餌(さくめん)」を供物にすると定められています。もともとは中国の伝説で、「高辛氏の子どもが七月七日に亡くなり、鬼神となって疾病を振りまいた。その霊は、常日頃から素麺が好きだったため、その命日にそれを祀り、素麺を食べれば、病から救われる」ということから、神への供物になったといいます。また、七夕の織女にちなみ、糸のような素麺を食べるようになったとも伝えられます。七夕に素麺を食べるという室町時代の風習は、江戸時代になると庶民にも拡がりました。
 縁起ものの素麺と魚の王者・鯛の組み合わせは最強のハレ食といえます。鯛が白波の中を泳ぐように飾る豪華な料理のため、婚礼や棟上げ、還暦などの祝いごとに使われ、「細く長く幾重にも」幸せが続くとの願いを込めた「素麺」と「めでたい」鯛を組み合わせています。「両家の親族がめでたく対面したことを祝う」ともいわれ、縁起をかつぐことばの駄洒落づくしの感があります。
 これは、ことばには霊力があり、よいことを言えば現実になるという「言霊(ことだま)」信仰に通じるもので、婚礼の際、「勝男武士(かつおぶし)」「子生婦(こんぶ)」「寿留女(するめ)」が用いられることを思い出していただきたい。美味しいものを食べることや、祝いのことばの洒落を信じることは、めでたさに通じるのです。

※土井中照著『愛媛たべものの秘密』(アトラス出版)を参照しています。

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